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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4371号 判決

原告 高育子

原告兼原告高育子法定代理人親権者父 高智賢

原告 朴仁淑

右三名訴訟代理人弁護士 田中英雄

同 金子光邦

被告 名キン高速運輸株式会社

右代表者代表取締役 中原嘉隆

右訴訟代理人弁護士 米津稜威雄

同 増田修

主文

被告は原告高育子に対し五七二万八七七二円及びこれに対する昭和四六年六月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告高育子のその余の請求、原告高智賢、同朴仁淑の各請求を棄却する。

訴訟費用は、原告高育子の請求にかかる分の四分の一を同原告の、原告高智賢、同朴仁淑の請求にかかる分をそれぞれ当該原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決第一項は仮執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告ら「被告は原告育子に対し八〇九万六五五五円、原告智賢に対し五〇万円、原告仁淑に対し五〇万円及びこれらに対する昭和四六年六月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行宣言

被告「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決

第二原告らの主張

(請求原因)

一、二、三1~2≪省略≫

3 前記の長期に及ぶ治療を余儀なくされたうえ、左第五指切断という苦痛をうけ、一時は左手首全部の切断もやむを得ない危機に陥り左前腕、左小指・腹部等に正視に耐えない著しい醜状を残し、また左前腕・左手関節の屈曲等に後遺症が残った(労災保険級別五級該当)。

四  原告育子の損害

1 得べかりし利益

原告は前述の後遺症(労災補償保険級別五級該当)のため、就職適齢期(一八才)に達しても通常人と同様に労働することができない。原告の労働能力減退率は七九パーセントと見るのが相当である。結局原告が将来得べかりし利益の中、右割合に相当する収入減が損害となる。

ところで、昭和四七年五月の規模三〇人以上の事業所における産業別常用女子労働者の一ヶ月の平均賃金は四万四五〇七円であり、原告の就労可能年数を一八才より六三才までの四五年と見るを相当とするので、これらを前提にして原告の将来得べかりし利益をホフマン式計算により算定すると九八〇万一七七一円となる。

44,507円×12×23.231×79/100=9,801,771円

しかるところ、原告は、右損害金の一部として五八二万三一五五円を請求する。

(労災保険後遺障害等級表が、工場法令施行当時の筋肉労働者を主たる対象にしているとはいえ、そのことの故をもって、原告の労働能力喪失率の算定基準とすることを不合理とするものではない。労働能力の喪失率は、単純に財産的価値としての側面(労働価値)からの労働の可否だけで決すべきものではなく、労働の持つ社会的経済的意義からも判断しなければ合理的でない。原告の後遺症は左手の著しい機能低下(三本の指が結合し、一本欠損)にとどまらず傷跡のもたらす醜状は筆舌に尽し難いものである。このような原告が今日の社会制度を前提として通常人と同様の労働(就職)をすることは、まず労働の機会を得ることにおいて著しく困難であることは容易に知り得ることであり、仮に機会を得ても労働の種類(職業の選択)が著しく限定されるところである。仮に今後の訓練の期間は多年あるとしても、一体原告にどのような労働ができるというのであろうか。被告の主張は、労働の持つ意義を不当に限定しているといえる。このように解すれば、原告の労働能力喪失は一〇〇パーセントと見ても不当といえない事案である。)

≪省略≫

第三被告の主張

(答弁と反論)

一~三≪省略≫

四1 同四1の事実は争う。

労災保険後遺障害等級表は工場法令施行当時の筋肉労働者を主たる対象として作成されたもので、いわゆる労働能力喪失率表は、同等級表の補償日数を単なる一〇〇分比に換算したものにすぎないので、財産的価値を含む現実の経済的労働能力の喪失率を如何なる意味においても表示する客観的合理的資料たり得ないから、同喪失率表に依拠することは許されない。そして、原告の傷害の部位が左手であること、なお未成年の女子であって今後訓練の期間は多年あることを考慮すると原告の労働能力喪失率は全くないか(事務労働に従事するとして)、せいぜい三〇%程度に止まるにすぎない。

就労可能年数については、女子有職者の一ヶ月の平均賃金を採用するとすれば、多くみても二〇才から六〇才までの四〇年間とし、中間利息の控除はライプニッツ式によって処理するのが妥当である。

さらに経費として、生活費相当の二分の一相当額を控除すべきである。

≪以下事実省略≫

理由

一  事故と責任

請求原因二の事実(原告育子が事故の際横断歩道上を青信号に従い横断中であったとの点を除く)及び被告が被告車の運行供用者であることは当事者間に争がない。

≪証拠省略≫によれば、次の各事実を認めることができる。

1  右交差点(大関横丁)は北(千住方面)南(上野方面)に通ずる国道四号線(日光街道)―歩車道の区別があり、車道幅員約二二・三メートル―と東(浅草方面)西(荒川方面)に通ずる明治通り―歩車道の区別があり、車道有効幅員約一六・七メートル(この交差点から東側は車道南端歩道寄りが約三〇メートルにわたり工事中で柵が置かれて車両の通行が妨げられている)―とがほぼ直交する市街地の交差点であって、信号機が設けられ、浅草寄り(東端)には幅約三・七メートルの横断歩道がある。

2  被告車(キャブオーバー、長さ一〇・七五メートル)は、国道四号線千住方面から右交差点に至り、青信号を待って発進して交差点に進入し、左折したものであるが、左側に併進(左折)する自転車があったため、明治通りセンターライン寄りに進路をとった。

当時、明治通りの右交差点東側、西行車線上は、信号待ち車両が多く、二列で接着して長い列をなして停車していた。そのうち、右交差点内に(右横断歩道を越えて)停車しているのが二両、横断歩道にかかっているのが二両で、うち、センターライン寄りはトラックでその前半、その左側は乗用車でボンネット部分程度が横断歩道を塞いで停車していた。(したがって、右横断歩道の東側半分余りは完全に塞がれていたことになり、このことは被告車運転者が容易に認めることのできることである。)

3  右横断歩道上あるいはその直近を、南へ向う歩行者三、四人(小島等)がセンターライン附近を過ぎ、一方北へ向う歩行者三、四人(高橋等)が被告車の進路あたりを通過した直後、被告車は左折車の先頭車として、既に歩行者が自車進路を通り過ぎたとみて、右横断歩道に進み、ほどなく、サードギヤーに変えるとともにアクセルを踏んで加速し、時速約二五キロメートルで進行し、被告車運転者地村は自車先端が横断歩道東端を二~三メートル位過ぎた頃、横断歩道東端から約六メートル東方センターライン附近において前記停車車両の間を通り抜けてそのまま車道を小走りで横断しようとする原告を発見し直ちに急制動をかけたが及ばず、被告車右前部が原告に接触し、右前輪で原告の右上肢を轢いた。

その頃、信号はなお南北青を示していた。

以上の事実に基いて考えてみると、

自動車の運転者は、歩行者が信号に従い横断歩道を横断し、又は横断しようとしているときは横断歩道の直前で一時停止し、その進行を妨げないようにすべきである。歩行者は、横断歩道の直近を横断することがままある。ことに、本件のように正規に横断歩道上を横断することが困難な場合(横断歩道の東半が塞がれている場合、歩行者はその余の部分を通行できるわけであるが原告のような小児にも直ちにこれを無条件に期待できるか否かは問題であるうえ、横断歩道上に停車するような車両が信号の変るのを待たずさらに進行しないことは保し難い。)にはなおさら、このような歩行者の存在が予想される。自動車運転者は、このような歩行者の存在を予想し、これに対処できるような速度、運転方法が要求される。

この点において、被告車の運転者の過失は否定できない。よって、被告は、被告車の運行供用者として、自賠法三条本文により事故により原告の受けた損害を賠償する義務がある。

一方、原告についていえば、原告は年齢が当時六才(弁論の全趣旨により明らかである。)であって、幹線道路の車道における不用意な行動を避けて、自己を危険から未然に守るだけの弁識能力を具えているというべきところ、車道横断の際に歩行者に要求される注意義務に反して、事故に至ったことは否定できない。その不注意の程度につき、附言すれば、歩行者にとっては車道の横断に際して、青信号に従い、横断歩道を用いるべきことは基本的なことで、小児にも認識容易である。ところが、安全迅速な通行が確保されていない場合については、すなわち、本件におけるように正規の横断方法が困難である場合に当該具体的状況に応じた適宜の横断方法を選ぶことは小児にとってはかなりの難事というべきで、その点は十分に考慮されなければならない。

以上の諸事情を考慮し、被告は事故により原告の蒙った損害中、その九割程度を賠償すべきものと認めるのを相当とする。

この前提につき一言すれば、過失相殺の本質は、被害者に過失又はこれに準ずべき事実があって、かつ、加害者の全額賠償を相当としない場合において、損害発生に関する諸事情を斟酌して公平妥当な賠償額を見出すにあって、加害者の過失ないしは違法性に基いてその責任の範囲を(いわば被害者とは無関係に)量定するものではない。(後者の意味するように、加害者被害者の事故に対する寄与の客観的態様なるものを想定し、言い換えれば、双方の過失をそれぞれ量定対比し、これに応じて損害中それぞれの負担すべき分を割りふることではない。およそ、加害者の過失と被害者のいわゆる過失とは次元を異にし、同質のものとして量定することは不可能なのである。このことは、車両運転者とそもそも加害者たり得ない歩行者との関係において明らかである。)過失相殺において、最も重視されるべきものは、損害発生に関する被害者の過失の態様程度である。もとより、ここにいう過失とは、損害回避のための注意を怠ることをも含む。そしてそのほか、加害者の行為態様その他斟酌すべき事情は多く存するのである。

二  傷害

≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告育子の事故による傷害は、左上肢、前腕から手背附近にかけて広汎な皮ふ欠損、複雑骨折を伴う高度の挫滅創であって、第五指は自然欠落した。

2  右傷害の受診加療関係は、原告ら主張三2のとおりで(①ないし④は争がない)、その間、植皮手術その他数回にわたる手術を受けた。

3  右治療後において、左上肢は、拘縮により前腕回旋、手関節の屈伸が著しく制限され(自賠法施行令八級六号該当)、手指(第五指は喪失)の各関節が拘縮ないし強直により屈曲は全く不能で、物をつかんだり握ったりする機能はない(同七級七号該当)。その他外観からすれば、左上肢は第五指を失ったほか、前腕中央部に広汎な瘢痕、手関節以遠に顕著な膨隆及び瘢痕、左側腹部(一二センチメートル×八センチメートル)等の植皮手術のための瘢痕があって、いずれも正視に堪えない醜状を示している(同一二級一四号相当)。そしてこの醜状のため、原告は小学校等においてからかわれる等のことが反復し、これを苦にして終日手袋をはずさず、銭湯に行くこともしない。

(以上後遺症状が―併合して―自賠法施行令五級該当であることは争がない。)

これら症状はいずれも持続するものと推認される。

三  原告育子の損害額

(一)  得べかりし利益 四六九万三八三四円

原告は、事故にあわなければ、一八才から六三才までの間通常人と同程度に就労して収入を得たもので、毎月の収入額は四万四五〇七円を下らないとみることができる。収入額については、労働省労働統計調査部の賃金構造基本統計調査(昭和四六年)によれば、女子常用労働者の平均給与額は年合計五九万八二〇〇円であって、右額をかなり上廻っており、年齢階層別にいえば、二〇才~二四才で既に前掲金額を上廻っているので、このように認定してこれを後掲逸失利益算定の基礎にすることができる。

ところで、前記二3の事実に鑑み、原告は、右労働収益能力の七九%を失ったものとみるのを相当とする。この点については、労働省労働基準局長通牒(昭和三二年基発五五一号)に準拠すべきものと考える。すなわち、右通牒の労働能力喪失率表の成立の経緯は概ね被告主張のとおりであって、概して第一次的な肉体的能力の評価を中心に考量されたものであって、喪失比率は諸外国の類似基準表に比しかなり高くなっているといえる。しかし、将来の労働所得額を考えるに当って、最も重要なことは就職の可能性にあり、これに比すれば、第一次的な身体の能力の低下の程度は副次的な、労働能力の上限を画する作用しかもたないのを通例とする。この意味において、わが国の雇傭構造からすれば、やはり前記通牒の示すところに一定の意義を認めなければならない。身体的な能力に直接かかわりない外貌醜状について同様である。もっとも、原告はなお幼少であって、訓練等により現在の障害ある身体状況に対する適応性がいくばくか改善されることも期待できないわけではない。しかし、労働収益能力の低下を顕著に阻むほどの専門的能力を身につけるには、原告らにとって、並々ならぬ出捐を要することが明らかであって、結局その出費増加等をも考慮に入れて損害算定をしなおすまでのことはない。また、原告にとっては、その主張のとおり将来結婚の可能性も著しく減じたとみるべきであって、この点から労働能力が第一次的な身体の能力に応じて具現されることも期待し難い。さらに、原告の就労する頃には、身体障害者の自立のための措置も種々講ぜられ、就労の機会もかなりの程度増加すると見られよう。しかし、これを想定して、原告の労働能力喪失の程度を算定するならば、同時に女子労働者一般の賃金につき、法の予定するとおり、差別的取扱が排除されて、大幅な増加をみるとしなければならないことになる。

被告は、就労可能期間を二〇才から六〇才までとすべきとするが、労働を狭義に解するだけの根拠はなく、一八才から六三才までの労働を通じて計算した場合に、前記収入金額の想定は過大でないというべきであるから、右主張は採用しない。

収入から経費として二分の一を控除すべきものとする被告の主張は根拠がない。

以上の基準に従い、前記年齢の原告が一八才から六三才までの間毎月四万四五〇七円の七九%の労働収入を失うとして、右収入額から本判決までは単利、その後は複利(ライプニッツ、月別方式)により年五分の割合による中間利息を控除して昭和四六年六月三日の現価を算出すると、標記金額となる。

(二)  入院中の諸雑費   四万三四〇〇円

前掲入院期間、傷害程度からすれば、右金額を下らない支出を要したとみるのが相当である。

(三)  慰藉料         三八五万円

前記二の事実その他諸事情(被告主張九の事実―争がない―を含む)に基き、原告の過失を斟酌しない場合、慰藉料額は後遺症補償分を含めて右金額をもって相当とする。

(四)  結び

原告育子の事故により蒙った損害額は前記(一)ないし(三)及び当事者間に争のない被告主張九1の金額であって、その合計は一〇八八万四六一二円となるところ、そのうち被告において負担すべき額は、一に記したところにより九七九万六一五〇円である。

右金額からすでに填補済の四〇六万七三七八円(争のない被告主張九の事実)を控除すれば、被告が原告育子に支払うべき損害賠償額は五七二万八七七二円となる。

四  原告智賢、同仁淑の請求

前記三(三)に記したとおり、原告育子の傷害につき同原告自身に対する慰藉料が認められ、その他にその両親に対する慰藉料支払義務を認むるべき場合に当らない。

五  結論

以上のとおりであるから、原告育子の本訴請求は、前記損害賠償五七二万八七七二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年六月四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、同原告のその余の請求及びその余の原告らの各請求は理由がない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨)

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